幼馴染


君は幼馴染。物心ついたときにはもう君が隣にいて、何をするにも君がいなくちゃだめで、きっと君にとっても私はそんな存在…だよね。そう信じたい。だってもう君は私の一部なんだもん。


同じ幼稚園に行って同じ小学校を卒業して、当たり前のように同じ中学校に入学した。初めはここでも当たり前のように楽しい毎日がやってくるんだろうなって思ったよ。


でも中学生になってから君との距離は自然と離れていった。仲悪くなる原因はない、けど仲良くする理由もない、みたいな感じ。私は正直寂しかったけど、何より悔しかったのは君も同じように思ってるという自信が持てなかったこと。そうやって私達の距離は昔のように縮まることはなかった。


でもしばらくしてもっと大変なことが起こった。ある日の放課後、私のロッカーにひどい悪口が書かれた紙が入ってたんだ。こんなの初めてのことで、どうすればいいのかわからなくて、怖くなって誰もいない教室で泣いちゃったよ。悲しいって気持ちよりも皆から嫌われてるんじゃないかっていう恐怖のほうが強かった。


私は皆に嫌われたくない一心で次の日から「良い子」になった。
でも一度始まった嫌がらせは止まらなかった。むしろどんどん酷くなっていった。私の心が病むのにそれほど時間はかからなかった。


そろそろ限界を感じていたある日の放課後、靴箱から私の靴がなくなっていた。私は呆然と立ち尽くした。空っぽの靴箱を見つめながら途方に暮れた。そんなことしても、なくなった靴は急に現れたりはしない。私はスイッチが切れたようにその場に座り込んでしまった。もう怒りも悲しみも湧いてこなかった。生きるエネルギーが完全に切れてしまっていた。私は何も悪いことはしてないのにね、と他人事のように呟いた。


どれくらいの時間が経ったのだろう。私は腕に顔をうずめて気持ちを押し殺していた。君の声がしたのはその時だった。はっと顔を上げるとちょっと離れたところに君がいた。君の声を聞くのは久々だ。でもびっくりしたのは、君が手に私の靴を持っていたこと。
「これ探してるんだろ?」と君が言った。
「君がやったの?」私は尋ねた。
君は目をそらして頷いた。
「最近流行ってるから」
私はどつきまわしたかった。けど、ああ君だったんだっていう安心のほうがはるかに強くて君の胸に泣きついちゃった。昔ならここでタックルしてたのにな。
「ごめんやりすぎた」
君は優しく言った。優しすぎて誰がやったのか私は一瞬忘れかけた。でもこんな言い方されたら絶対許しちゃうじゃない。ずるいなあ。


「あの悪口も君がやったの?」
帰路、私は尋ねた。
「あれは違うよ」
君は頭を掻きながら言う。まったく、君は嘘をつくのが下手だ。
「教科書捨てたのも君だったんだ」
「違うってば」
「いくらなんでもあれはやりすぎだよ」
「だから違うって。誰かに嫌われてるんじゃないの?」
君はいたずらっぽくそう言う。それはひどいよ、と私は君をポコポコ叩く。でも私は久々に楽しかった。


次の日、ロッカーには悪口の紙が入っていた。
「ざまあ」
君の声がした。振り返ると君が笑っていた。
「ばか」
私は君をポコポコ殴った。


次の日も教科書が捨てられていた。振り返ると君がいた。
「うぃす」
「ばか!」
私は教科書を投げつけた。


正直、良い方法とは思えないけど私はなんだか楽しかった。やっぱり私達にはこの距離感が完璧だ。


次の日、交通事故に巻き込まれた君はあっけなくこの世から飛び立った。私は気持ちが追いつかなかった。君といることが当たり前すぎて、当たり前のように君を探してしまう。でも今日君はいない。明日もいない。何十年経っても君はいない。どれだけ待っても君がいる未来はもう来ない。そう思った瞬間ついに感情が溢れ出した。一度出始めた涙は止まらなかった。また病みそう。


その日も私はロッカーを開けた。開けるとき君を思い出してしまう。こんな思い出を最後にしなくてもよかったのに。


ロッカーを開けるといつものように紙くずが落ちてきた。いつも通りの悪口だった。

私は思わず振り返る。誰もいない教室。君もいない。私はもう一度紙くずを見る。その時やっとわかった。全身に鳥肌が立ち、体の震えが止まらなくなった。
「…ばかっ」


どうして気づかなかったのか。どうして全部君がやったって信じていたのか。優しい君が私を傷つけるはずないのに。でも君の本当の優しさに私は気づけてなかったよ。ごめんね本当に。


次の日も教科書は捨てられていた。次の日も次の日も。
ある日の放課後、また靴がなくなっていた。私はふぅ、とため息をつき、踵を返した。
ごめんねごめんねと私は繰り返した。疑ってごめんね。叩いてごめんね。バカでごめんね。弱い私でごめんね。でもやっぱりもう限界だよ。


最上階に来た。出始めた涙は止まらない。でも心は穏やかだ。はやく君に会いたい。やっぱり私には君がいなくちゃ。


夕日に染まるこのきれいな世界に、私は身を投げた。

The end